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名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)7号 判決 1999年5月12日

原告

日本自治体労働組合総連合愛知県本部

右代表者執行委員長

三宅一光

原告

国鉄労働組合愛知県支部

右代表者執行委員長

神藤常晴

原告

愛知医療労働組合承継人

愛知県医療労働組合連合会

右代表者執行委員長

加藤瑠美子

原告

全労連・全国一般労働組合愛知地方本部あいち支部

右代表者執行委員長

石井一由記

原告

総評全国一般全明治屋労働組合名古屋支部

右代表者執行委員長

堀崎昌行

原告

成瀬昇外四名

右原告ら訴訟代理人弁護士

高木輝雄

荻原典子

加藤洪太郎

佐久間信司

田原裕之

恒川雅光

中谷雄二

原山剛三

原山恵子

福井悦子

前田義博

三宅信幸

若松英成

水野幹男

竹内平

渥美玲子

平松清志

長谷川一裕

西尾弘美

竹内浩史

荻原剛

森山文昭

渥美雅康

松本篤周

仲松正人

加藤美代

小島高志

岩月浩二

浅井淳郎

山本勉

石塚徹

加藤高規

高和直司

杉浦豊

鈴木泉

藤井繁

宮田睦奥男

右高木輝雄訴訟復代理人弁護士

海道宏実

被告

愛知県

右代表者知事

神田真秋

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

片山欽司

後藤武夫

建守徹

藤井成俊

右指定代理人

浅野總一郎

外六名

被告

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告愛知県及び被告鈴木礼治は、連帯して、原告愛知県労働組合総連合に対し金五〇〇万円、その余の原告らに対し各金五〇万円及びこれらに対する平成元年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告愛知県及び被告鈴木礼治は、原告らに対し、朝日新聞、中日新聞、毎日新聞、読売新聞の各朝刊のいずれも全国版社会面に、別紙謝罪広告記載の謝罪広告を、二段抜き一五センチメートル幅で、表題、宛名及び被告ら氏名を二号ゴシック体活字を使用し、その他の部分を八ポイントの活字を使用して、一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、当時愛知県知事であった被告鈴木礼治(以下「被告鈴木」という。)が、平成元年一二月一日、愛知県地方労働委員会(以下「愛知県地労委」という。)の第三〇期労働者委員の任命に当たり、別紙第三〇期労働者委員名簿記載の七名を労働者委員に任命(以下「本件任命」という。)し、原告成瀬昇、原告渡辺三千夫、原告坂崎進及び原告黒島英和(以下、右原告ら四名を「原告成瀬ら四名」という。)を労働者委員に任命しなかったことにつき、原告らが、本件任命処分は被告鈴木が愛知県知事(以下、単に「県知事」という。)にゆだねられている裁量権を濫用したものであって違法であるなどと主張して、被告愛知県に対しては国家賠償法一条一項に基づき、被告鈴木に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一)(1) 原告日本自治体労働組合総連合愛知県本部(全日本自治団体労働組合愛知県本部が平成二年九月一四日に日本自治体労働組合連合愛知県本部と名称変更し、さらに平成四年七月二九日に日本自治体労働組合総連合愛知県本部と名称変更した。以下「原告自治労連愛知県本部」という。)は、愛知県下の自治体労働者で組織される労働組合を構成員とする労働組合である(弁論の全趣旨)。

(2) 愛知医療労働組合(以下「愛医労」という。)は、愛知県下の医療事業に従事する労働者で組織された労働組合であったが、平成二年九月二日に解散の決議を行い、愛医労に加盟するすべての分会及び組合員が愛知県医療労働組合連合会の加盟単組ないし分会となり、本件訴訟の原告たる地位を愛知県医療労働組合連合会(以下「原告愛医連」という。)が承継した(弁論の全趣旨)。

(3) 原告全労連・全国一般労働組合愛知地方本部あいち支部(以下「原告全国一般あいち支部」という。)は、愛知県下の中小企業の労働者で組織されていた総評全国一般愛知県中小企業労働組合連合会名古屋合同支部と愛知県下の商業、サービスなどの第三次産業の労働者で組織されていた全商業労働組合愛知県支部とが、平成二年一月二八日に組織統一してできた労働組合である(甲五、弁論の全趣旨)。

(4) 原告総評全国一般全明治屋労働組合名古屋支部(以下「原告全明労名古屋支部」という。)は、株式会社明治屋名古屋支店等の従業員で組織された労働組合である(弁論の全趣旨)。

(5) 原告国鉄労働組合愛知県支部(以下「原告国労愛知県支部」という。)は、東海旅客鉄道株式会社、日本貨物鉄道株式会社の労働者のうち、愛知県内の職場で働く者で組織されている労働組合である(甲四)。

(6) 原告愛知県労働組合総連合(以下「原告愛労連」という。)は、平成元年一一月一七日に愛知県下の労働組合で結成された地方組織(ローカルセンター)であり、同月二一日に結成された中央組織(ナショナルセンター)である全国労働組合総連合(以下「全労連」という。)に加盟した。

(7) 原告自治労連愛知県本部、原告愛医連、原告全国一般あいち支部及び原告全明労名古屋支部は、原告愛労連に加入していた(弁論の全趣旨)。

(二) 本件任命当時、原告成瀬昇は国鉄労働組合名古屋地方本部の特別執行委員、原告渡辺三千夫は全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部執行委員長、原告坂崎進は原告自治労連愛知県本部執行委員、原告黒島英和は全国一般労働組合愛知地方本部書記長の地位にあった(弁論の全趣旨)。

(三) 県知事は、労働組合法(以下「労組法」という。)一九条の一二第三項により、愛知県地労委の労働者委員の任命権者であり、被告鈴木は本件任命当時愛知県知事であった。

2  第三〇期労働者委員の任命

(一) 県知事は、第三〇期労働者委員の任命に当たり、平成元年九月二〇日付け愛知県公報(第一〇九号)により、愛知県地労委の労働者委員の推薦に関する公告を行った。

(二) 労働者委員の定数七名に対し、推薦期間中に一九の労働組合から一六名の推薦があり、このうち原告自治労連愛知県本部、原告愛医連、原告全国一般あいち支部(ただし、実際に推薦を行ったのは、組織統一前の総評全国一般愛知県中小企業労働組合連合会名古屋合同支部である。)及び原告全明労名古屋支部は、原告成瀬ら四名を推薦し、原告国労愛知県支部は、原告成瀬昇を推薦した(以下、右の原告五組合を単に「原告組合ら」という。)。

(三) 県知事は、平成元年一二月一日、別紙第三〇期労働者委員名簿記載の七名を労働者委員に任命(本件任命)し、原告組合らが推薦した原告成瀬ら四名を任命しなかった。

(四) 県知事が任命した七名の労働者委員は、全員が、ナショナルセンターである日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)に加盟するローカルセンターである日本労働組合総連合会愛知県連合会(平成元年一一月二八日発足。以下「連合愛知」という。)傘下の労働組合が推薦した者であった(甲六二、六四、弁論の全趣旨)。

二  被告らの本案前の主張及びこれに対する原告らの答弁

1  被告らの本案前の主張

(一) 原告らの被告らに対する本件損害賠償請求訴訟は、県知事に対する本件任命処分の取消訴訟の関連請求に係る訴えとして併合提起されたものである。

ところで、行政処分の取消訴訟が適法要件を欠くために不適法として却下される場合は、関連請求に係る訴えとして併合提起された損害賠償請求訴訟も不適法として却下されるべきものであるところ、本件においては、県知事に対する本件任命処分の取消訴訟が不適法であることは明らかであるから、被告らに対する損害賠償請求訴訟も不適法な訴えとして却下を免れない。

すなわち、行政事件訴訟法一六条一項により、関連請求に係る訴えを取消訴訟と併合して提起することができるとされたのは、審理の重複や裁判の矛盾抵触を避けるためであるが、取消訴訟が不適法であるため本案の審理に入ることなく訴えが却下される場合には、関連請求に係る訴訟が別個に審理、裁判されても審理の重複や裁判の矛盾抵触が生じることはありえないのであるから、関連請求に係る訴えとして併合提起された損害賠償請求訴訟は不適法として却下されるべきである。

なお、最高裁昭和五九年三月二九日第一小法廷判決(判例時報一一二二号一一〇頁)は、取消訴訟自体は不適法ではないが、関連請求に係る訴訟が併合要件を欠いている事案に関するものであり、本件のように取消訴訟自体が訴訟要件を欠き不適法である事案に関するものではないから、右判決の射程距離は本件には及ばないものというべきである。

(二) 仮に、右判決の射程距離が本件に及ぶものとしても、本件の取消訴訟の許否は本件任命の適否によって決せられるものであるところ、本件損害賠償請求訴訟の許否を決するうえにおいて最も重要な争点も本件任命の適否であり、本件の取消訴訟と本件損害賠償請求訴訟は重要な争点を共通にするものであって、本件損害賠償請求訴訟は、本件の取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、併合審判を受ける限りにおいて意味のあるものとして併合提起されたものと認めるのが相当であるから、本件損害賠償請求訴訟は不適法として却下されるべきである。

2  被告らの本案前の主張に対する原告らの答弁

(一) 取消訴訟を不適法として却下すべき場合は、関連請求が別個独立の訴訟要件を備えている限り独立した訴えとして取り扱い、取消訴訟から分離したうえ自ら審判するか、または管轄裁判所に移送すべきであるとするのが学説の多数説であり、判例においても右の考え方が支配的になっている。

(二) 本件の取消訴訟と本件損害賠償請求訴訟は、それぞれ独立した内容と性質を有するものであり、本件損害賠償請求訴訟は併合審判を受けない場合にも十分に意味があるものであるから、本件の取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、併合審判を受ける限りにおいて意味のあるものとして併合提起されたものということができないことは明らかである。

三  争点

本件の主な争点は、

1  本件任命が県知事の裁量権の範囲を逸脱し、裁量権を濫用した違法な処分か否か(争点1)、

2  原告らが本件任命により被ったと主張している損害は、いわゆる反射的利益の侵害にすぎず、原告らには損害が発生していないといえるか否か(争点2)、

3  被告鈴木は、公権力の行使としてなした本件任命処分につき、民法七〇九条により個人として損害賠償責任を負うか否か(争点3)、

である。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(原告らの主張)

憲法及び労組法が規定する労働委員会の制度趣旨は、憲法二八条で保障された労働者の基本的な権利の具体的な擁護、特に不当労働行為の救済を通じて労働者の団結権を保障することにあるが、そこでの労働者委員の役割に鑑みると、労働者委員の選任は、右の制度趣旨に適合するようになされることが法的に要請されているというべきである。また、労働組合による労働者委員の推薦制度は、労働組合に対し、労働委員会における団結権保障の手続に自ら参加する権利を認めたものにほかならないから、労働者委員の選任は、右の労働組合の利益が正当かつ公平に反映されなければならない。

ところで、労組法一九条一項は、労働者委員を「労働者を代表する者」としているが、労働組合運動には絶えず複数の系統が存在し、本件任命当時は連合対反連合・非連合という二つの大きな潮流・系統が存在していたところ、労働者の利益はそれぞれの系統によって異なるものであるから、労働者委員の選任はそれらの利益をできるだけ多様に反映するものである必要がある。

したがって、労働者委員を一方の系統にのみ独占させることは、労働者の多様な利益を労働者委員の構成に反映させないことになり、真に労働者を代表する者となり得ないことは明白である。

しかるに、本件任命は、以下のとおり、当時県知事であった被告鈴木において、労組法に内在する労働者委員の任命基準を明示した昭和二四年通牒及びこれまでの愛知県地労委の慣行を無視し、憲法一四条、二八条、ILO第八七号条約、国際人権規約に定められている各基準に違反し、原告らが反連合・非連合であることを唯一の理由として、政治的な意図の下に、原告成瀬ら四名を労働者委員の選任対象から排除したものであるから、県知事の裁量権を逸脱又は濫用するものであって違法である。

(一) 昭和二四年通牒違反

(1) 労働省は、昭和二四年七月二九日付けの労働省発労第五四号で、各都道府県知事宛に左記事項を通知した(以下「昭和二四年通牒」という。)。

一  労働委員会が三者構成の合議体である性格に鑑み、労働委員会委員はすべてこれが運営に理解と実行力を有し、かつ申立人の申立内容等をよく聴取し、判断して、関係者を説得し得るものであり、自由にして建設的な組合運動の推進に協力し得る適格者であること。

二  労働者委員については特に次の点に留意すること。

1  貴管下総ての組合が積極的に推薦に参加するよう努めるとともに、推薦に当たっては、なるべく委員定数の倍数を推薦せしめるよう配慮すること。

2  委員の選考に当たっては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によっては地域別等を充分考慮すること。なお委員についてはなるべく所属組合をもつものであるよう留意するとともに労働組合法第二条但し書第一号の規定に該当しない者であること。

三  以下省略

(なお、右昭和二四年通牒が発せられた当時、総評は存在せず、また、中立とあるのは、中立労連ではなくナショナルセンターに加盟していない組合のことである。)

(2) 右のとおり、昭和二四年通牒は、労働組合の系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに、産業分野、地域別等を考慮して労働者委員を任命するものとしているところ、右通牒は単なる一片の次官通牒ではなく、旧労組法制定当時の議会の審議、立法に関与した学者の意見、中央労働委員会総会の決議、労働省の解釈通達等を集約した任命基準であり、労働委員会制度を公・労・使の三者構成と定めた労組法に内在する任命基準である。

したがって、昭和二四年通牒に定める任命基準に従わず、一つの系統のみに排他的、独占的に労働者委員を配分した本件任命処分は、裁量権の範囲を逸脱するものである。

(二) 慣行違反

(1)  裁量権について、その運用に関する合理的で公正な慣行が存在する場合は、右慣行は裁量権に対する法的制約の一つとなり、右慣行に違反する処分は、法の一般原則に照らして違法の評価を受ける。

(2)  愛知県地労委発足以来の労働者委員の任命状況の特徴は、①第一期から第二九期までの間、一貫して複数の潮流・系統の労働組合からの推薦者を選任してきており、一つの系統からの推薦者のみが選任され、その他の系統からの推薦者が完全に排除されることはなかったこと、②新しいローカルセンターが結成されたときは、その直後の労働者委員の改選期において、新しいローカルセンターに所属する労働組合が推薦する者が労働者委員に任命されていること、③労働者委員の任期途中の辞任、死亡による変更に際しては、必ず前任者と同系統の労働組合が推薦する者が後任の労働者委員に選任されていること、④労働者委員の任命に当たっては、愛知県労働部の要請のもとに、各ローカルセンター間で事前協議がもたれ、県知事はこれを追認する形で労働者委員を任命してきたことの四点にある。

(3)  したがって、愛知県においては、労働者委員の任命に当たり、労働者委員を系統別に公平に配分することが長年の確立した慣行として客観的かつ対外的に規範化していたものと解されるところ、右慣行は昭和二四年通牒にも合致しており合理的で公正なものであるから、右の慣行に違反した本件任命処分は、法の一般原則に照らして違法であり、裁量権の範囲を逸脱するものである。

(三) 憲法一四条違反

本件任命において裁量権を行使するに当たっては、憲法一四条一項に定められた平等原則を考慮して、複数の労働組合に対して中立、公平は処分を行わなければならない。

ところが、当時県知事であった被告鈴木は、自らの知事選挙における有力な推薦母体である連合を優遇し、反連合・非連合グループをことさらに嫌悪してその弱体化を企図したものであり、その政治的な意図は明らかであるから、本件任命は憲法一四条に違反し裁量権の逸脱又は濫用となるものである。

(四) 憲法二八条違反

複数の労働組合が存在する場合に、一方の労働組合を優遇し、他の労働組合を差別的に取り扱うことは、労働組合に対する支配介入に当たり、憲法二八条に違反するところ、当時県知事であった被告鈴木は、本件任命に当たって、連合系の推薦組合及びその被推薦者を優遇し、他方において、反連合・非連合系の推薦組合及びその被推薦者を差別、排除したものであるから、本件任命は、憲法二八条に違反し、裁量権の逸脱又は濫用となるものである。

(五) ILO第八七号条約違反

(1)  我が国は、昭和四〇年にILO第八七号条約(結社の自由及び団結権の保護に関する条約)を批准したが、同条約二条は、「労働者及び使用者は、事前の認可を受けることなしに、自ら選択する団体を設立し、及びその団体の規約に従うことのみを条件としてこれに加入する権利をいかなる差別もなしに有する。」と規定し、同条約六条は、「この条約第二条、第三条及び第四条の規定は、労働者団体及び使用者団体の連合及び総連合に適用する。」と規定している。

(2)  平成六年第八一回ILO総会に、条約勧告適用専門家委員会から、「結社の自由と団体交渉に関する一般調査」が報告されてこれが承認されたが、右調査報告書は、ILO第八七号条約二条に規定する「自ら選択する団体を設立し、これに加入する労働者及び使用者の権利」について、複数組合が存在する場合、少数派組合に対する組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠な手段を奪う結果をもつことになるような区別は、労働者の労働組合選択に不当な影響を及ぼすものであって、自ら選択する労働組合に参加する自由を侵害し、ILO第八七号条約二条に違反するという解釈を示している。

そして、右調査報告書は、「組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠な手段」の例示として、「個々の苦情申立の場合に彼らを代表すること」を挙げているところ、地方労働委員会において労働者委員として不当労働行為救済申立てに参与することは、右の「個々の苦情申立の場合に彼らを代表すること」に該当する。

(3)  また、右調査報告書は、「政府による威圧や優遇」の項において、政府が複数の組合について不平等な処遇をすることは、「自ら選択する団体を設立し、これに加入する権利を侵害する。」との解釈を示している。

(4)  したがって、本件任命により反連合・非連合系の労働組合が推薦する者を労働者委員から排除したことは、組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠の手段を奪ったことになるとともに、複数組合間において不平等な処遇をしたことになるから、本件任命処分は、ILO第八七号条約二条、六条に違反するものであり、裁量権の逸脱又は濫用となるものである。

(5)  さらに、ILO第八七号条約三条二項は、「公の機関は、この権利(同条一項に定める労働組合の自治権)を制限し又はこの権利の合法的な行使を妨げるようないかなる干渉をも差し控えなければならない。」と規定しているところ、原告組合ら及び原告愛労連は、同条一項にいう「その計画を策定する権利」(なお、右の「計画」の訳語は適切ではなく、「政策方針」の意味合いである。)を有しているものであり、本件任命処分は、原告組合ら及び原告愛労連の右の自主的計画策定権に干渉するものであるから、ILO第八七号条約三条二項にも違反し裁量権の逸脱又は濫用となるものである。

(六) 国際人権規約違反

(1)  わが国は、昭和五四年に、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「国際社会権規約」という。)と市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際自由権規約」という。)の両条約を批准した。

(2)  国際社会権規約八条一項は、(a)自ら選択する労働組合に加入する権利、(b)労働組合が国内の連合又は総連合を設立する権利及びこれらの連合又は総連合が国際的な労働組合団体を結成し又はこれに加入する権利、(C)労働組合が、法律で定める制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会においても必要なもの以外のいかなる制限も受けることなく、自由に活動する権利を認めている。

(3)  国際自由権規約二二条は、労働組合を結成し、加入する権利を認め、同規約二条一項、二六条は法の下の平等を定め、政治的意見その他の意見による差別を禁止している。

(4)  本件任命処分は、連合系の推薦組合及びその被推薦者を優遇し、他方において、反連合・非連合系の推薦組合及びその被推薦者を差別、排除したものであるから、国際社会権規約八条一項、国際自由権規約二二条、二条一項、二六条に違反し、裁量権の逸脱又は濫用となるものである。

(被告らの主張)

(一)(1) 労組法は、地方労働委員会の労働者委員の任命につき、労働者委員は、労働組合の推薦に基づいて知事が任命するとのみ定め(労組法一九条の一二第三項)、その欠格事由として、禁治産者又は準禁治産者及び禁錮以上の刑に処せられてその執行を終わるまで、又は執行を受けることがなくなるまでの者は、委員となることができないことを定めている(労組法一九条の四第一項)ほかは、何ら具体的な基準あるいは制約を設けていないのであるから、知事は、地方労働委員会の労働者委員の任命に際し、労働組合が推薦した者の中から欠格事由のない者を任命しなければならないということのほかは、何らの法的制約も課せられておらず、任命権者たる知事には広範な自由裁量権が認められている。

(2) そして、労組法が労働組合の推薦した候補者の中から労働者委員を任命することを知事に義務付けることによって所期しているものは、労働委員会の職務及び権限の特殊性から、その構成員のなかに労働者を代表する者を加え、その権限行使に際し、労働者一般の正しい利益を反映させることとしたものであって、特定の労働組合や特定の被推薦候補者の個別的利益のためでないことはもとより、連合あるいは反連合・非連合系に属するそれぞれの労働組合の利益のためでもない。

労組法及び同法施行令は、連合系又は反連合・非連合系等の系統別の労働組合の利益を反映させることを予定しているものではなく、所属系統ごとに労働組合の利益を区別しているわけではないから、特定の系統に所属する労働組合からの被推薦者が一人も労働者委員に任命されなかったからといって、当該労働組合が法律上不利益を受けたことにはならず、ひいては当該任命処分は、社会的妥当性を著しく欠き、裁量権の範囲を逸脱し、裁量権を濫用したとの評価をすることはできない。

(3)  したがって、本件任命処分により反連合・非連合系労働組合からの被推薦者が一人も労働者委員に任命されなかったとしても、本件任命処分が裁量権を逸脱又は濫用したものでないことは明らかである。

(二) 昭和二四年通牒違反について

昭和二四年通牒は、労働省事務次官が都道府県知事に宛てて、地方労働委員会の労働者委員の任命に当たって考慮すべき事項等を示した行政組織内部における指示事項であるところ、このような指示事項は、本来行政庁の処分の妥当性を確保するためのものにすぎないから、本件任命処分が昭和二四年通牒に従っていないとしても、当、不当の問題を生ずるにとどまり当然に違法となるものではない。

さらに、本件任命処分は、愛知県地労委の設置者である県知事の固有事務であり、国の機関委任事務ではないから、県知事が昭和二四年通牒に拘束される理由はなく、その自由な裁量に基づいて労働者委員を任命することができる。

したがって、昭和二四年通牒の趣旨に沿わない任命が行われたとしても、それによって直ちに裁量権の逸脱又は濫用があるということにはならない。

(三) 慣行違反について

県知事が、愛知県地労委の労働者委員の任命に関し、愛知県下の労働三団体に事前調整を要請した事実は全くなく、したがって、県知事がこれを追認する形で労働者委員を任命していたということもない。

労働者委員の任命については、右の労働三団体の自主的調整により第二〇期から第二九期に至るまで定数どおりの推薦者しかなく、その推薦者のすべてが適格者であったため、県知事は推薦どおりの任命をせざるを得なかったのである。

したがって、愛知県地労委の労働者委員をローカルセンターの系統別に公平に配分して任命することが慣行であったとは到底いえない。

(四) 憲法一四条違反について

被告鈴木は、県知事にゆだねられた自由裁量権に基づき、総合判断によって本件任命処分を行ったものである。

したがって、本件任命処分は、反連合・非連合グループをことさらに嫌悪して差別的に扱ったものではないし、ましてや政治的意図に基づくものではないから、憲法一四条に違反するものではない。

(五) 憲法二八条違反について

本件任命は、連合系の推薦組合及びその被推薦者を優遇し、他方において反連合・非連合系の推薦組合及びその被推薦者を差別、排除したものではないから、憲法二八条に違反するものではない。

(六) ILO第八七号条約違反及び国際人権規約違反について

ILO第八七号条約及び国際人権規約中の原告が主張する各条項は、地方労働委員会の労働者委員の任命処分について適用が予定されているものではないから、これらの条項は本件任命処分をなす際の裁量的判断の基準にはなり得ないものである。

また、ILO諸機関のILO条約に関する意見や報告は、各国政府に対し、その報告等に沿った国内労働立法の整備や労働政策の是正等を要望する趣旨のものということはできても、そこで採られた解釈が、ILO条約の解釈について法的拘束力まで有しているものとは認められない。

さらに、本件任命処分は、ILO第八七号条約及び国際人権規約に違反するものではない。

2 争点2について

(原告らの主張)

(一) 不法行為の基本法は民法であり、国家賠償法一条は国家や自治体が不法行為の主体である場合の特別法であるから、その成立要件については民法七〇九条と同一に考えるべきである。

すなわち、国家賠償法一条においても、本件任命処分に違法性があり、かつ、本件任命処分と原告らが主張する損害との間に相当因果関係があれば足りるのであって、被告ら主張の反射的利益論を国家賠償法一条の成立要件に持ち込む必要はない。

(二) 原告組合らの損害

(1)  当時愛知県知事であった被告鈴木は、本件任命処分を行うに際し、原告組合らが推薦した原告成瀬ら四名については、反連合・非連合の労働組合が推薦した者であるとの理由で、その選任手続から実質的に排除していた。

したがって、原告組合らは、原告成瀬ら四名について、労働者委員に任命するか否かにつき公正な手続によって適正な判定を受ける権利を侵害された。

(2)  原告組合らは、自己の系統に属する原告成瀬ら四名が労働者委員の選任対象から排除されたことによって、愛知県地労委において労働者を代表する権利及び自己の系統に属する労働者委員の権限行使によって保障される労働組合としての権利、利益を侵害された。

なお、労働者委員は特定の労働組合の代表者ではなく、労働者一般を代表すべきものとされているが、現実には特定の系統の労働組合によって推薦された労働者委員が、他の系統の労働者が労働組合の利益を公平、公正に代表できるとは考えられない。このことは、組合間差別に関する不当労働行為救済申立事件を考えれば明白であって、一方の系統の組合から推薦された労働者委員に、差別をされた他方の系統の労働者の利益を代表させることは到底期待できないからである。

(3)  原告組合らは、本件任命処分により自己の系統に属する労働者委員が存在しない状況になったが、これによって原告組合らに加入していても、愛知県地労委で自らの系統に属する労働者委員の助力を得ることができない状態となった。

そのため、原告組合らは、組織の維持、拡大、存続について多大な不利益を被り、団結権を侵害された。

(4)  本件任命処分は、実質的に原告組合らの推薦権を無視するものであり、原告組合らは、本件任命処分により労働組合としての名誉、社会的信用を侵害された。

(5)  以上の原告組合らが受けた損害を金銭に評価すれば、それぞれ五〇万円を下らない。

(三) 原告愛労連の損害

(1)  原告愛労連は、原告自治労連愛知県本部などの上部団体であり、上部団体は労働組合の連合体として、自らの傘下の労働組合及び組合員の権利を擁護する義務を負う。そして、系統別の対立関係の存在する現在の労働組合間の状況では、連合体自体として、労働者委員の任命に関して多大な権利、利益を有するものである。

(2)  原告愛労連は、自己の系統に属する労働者委員が排除されたことによって、愛知県地労委において労働者を代表する権利及び自己の系統に属する労働者委員の権限行使によって保障される労働組合の上部団体、連合体としての権利、利益を侵害された。

(3)  原告愛労連は、本件任命処分により自己の系統に属する労働者委員が存在しない状況になったが、これによって原告愛労連に加入していても、愛知県地労委で自らの系統に属する労働者委員の助力を得ることができない状態となった。

そのため、原告愛労連は、その団結体としての組織の維持、拡大、存続について多大な不利益を被り、団結権を侵害された。

(4)  本件任命処分は、県知事が原告愛労連をローカルセンターとして扱わなかったことを意味し、原告愛労連は、本件任命処分によりローカルセンターとしての名誉及び社会的評価を著しく損なわれた。

(5)  以上の原告愛労連が受けた損害を金銭に評価すれば、五〇〇万円を下らない。

(四) 原告成瀬ら四名の損害

(1)  原告成瀬ら四名は、第三〇期労働者委員に適式に推薦された地位にあるものとして、任命するか否かについて公正な手続によって適正な判定を受ける権利、利益を有するとともに、自らを推薦した労働組合の系統の利益を代表する性格を有するものとして、愛知県地労委において労働者を代表する権利、利益を有していたところ、本件任命処分により、右の権利、利益を侵害されるとともに、長年労働界で培ってきた名誉、社会的信用を侵害された。

(2)  以上の原告成瀬ら四名の精神的損害を慰謝するためには、慰謝料としてそれぞれ五〇万円が相当である。

(被告らの主張)

(一) 原告らが主張している損害は、次の(1)、(2)から明らかなとおり、県知事が原告らに対して負担する職務上の法的義務に違背して原告らに加えたものではなく、いわゆる反射的利益の侵害にすぎないから、国家賠償法一条一項が定める損害が原告らに発生しているとはいえない。

(1)  労組法一九条の一二が、労働組合の推薦した候補者の中から労働者委員を任命することを知事に義務付けることによって所期しているものは、労働委員会の権限の行使に際し労働者一般の正しい利益が反映することであって、候補者を推薦した特定の労働組合及び推薦を受けた特定の候補者の個別的利益を保護することではない。

したがって、候補者を推薦した特定の労働組合及び推薦を受けた特定の候補者が、右法条の存在により、事実上何らかの利益を受けることがあるとしても、右利益は、単なる事実上の利益ないし反射的利益にすぎず、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を個別的具体的に保護することを目的として、行政権の行使に制約を課していることによって保障されている利益(すなわち法律上の利益)には当たらない。

(2)  国家賠償法一条一項の損害とは、法益侵害のために被る不利益であり、法益とは必ずしも権利である必要はないが、法的に保護された利益でなければならないところ、反射的利益が法的に保護された利益といえないことは明らかであり、単なる反射的利益の侵害のみでは国家賠償法一条一項に定める損害が発生したとはいえない。

(二) 原告らが主張する損害は、以下のとおり、いずれも発生していないものである。

(1)  原告組合ら及び原告成瀬ら四名は、本件任命処分により、労働者委員に任命するか否かについて公正な手続によって適正な判定を受ける権利を侵害されたと主張するが、そもそも原告組合ら及び原告成瀬ら四名に右の権利は存在しない。

仮に、原告組合ら及び原告成瀬ら四名に右の権利が認められるとしても、本件任命手続に不公正あるいは瑕疵はないから、右の権利の侵害はなく損害は発生していない。

(2)  原告組合ら及び原告愛労連は、本件任命処分により、愛知県地労委において労働者を代表する権利及び自己の系統に属する労働者委員の権限行使によって保証される権利を侵害されたと主張するが、右(一)(1)のとおり、労働者委員を推薦することにより労働組合として自己の個別的利益を保障するための何らかの特別な権利を取得するということはあり得ないのであるから、原告組合ら及び原告愛労連が主張している権利は、実体法上認められているものではなく、したがって、権利侵害による損害は発生していない。

(3)  原告組合ら及び原告愛労連は、本件任命処分によって団結権を侵害されたと主張するが、原告組合らが推薦した者が労働者委員に任命されなかったからといって、原告組合ら及び原告愛労連の組合活動に支障が生ずるわけではなく、また、原告組合ら及び原告愛労連に加盟しようとする労働者及び労働組合が少なくなるということも考えられないから、原告組合ら及び原告愛労連の団結権が侵害されるということはあり得ない。

(4)  原告らは、原告組合らが推薦した原告成瀬ら四名が労働者委員に任命されなかったことにより、名誉、社会的信用を侵害されたと主張するが、本件任命処分により原告らの名誉、社会的信用が侵害されたということはあり得ない。

すなわち、名誉毀損の不法行為が成立するためには、被害者の客観的な社会的評価が低下したことが必要であり、単に被害者の主観的な名誉感情が害されたというだけでは足りないのである。

(5)  原告愛労連は、本件任命処分によって損害を被ったと主張するが、そもそも原告愛労連は本件任命処分とは無関係の第三者であるから、その損害の主張は国家賠償法一条一項の関係では無意味なものである。

3 争点3について

(原告らの主張)

(一) 民法七一五条及び四四条においては、不法行為の直接の加害者である被用者または法人の機関個人の責任は否定されていないところ、これとの対比において公務員のみを右と別異に解する必要はないから、公務員が職務に関して民法七〇九条に該当する行為を行い、その結果、他人に損害を与えた場合は当該公務員個人も同条によりその損害を賠償する責任がある。

(二) 国家賠償法一条一項は、公権力の行使に当る公務員に関する規定であるから、公務員が職務を行うについての加害行為であっても、それが公権力の行使に当たる場合でなければ民法七一五条によることになり、公務員の個人責任は否定されないことになるが、被告鈴木主張のように公務員の個人責任を否定する解釈をとると、同じ公務員の職務行為でありながら、公権力の行使の場合には公務員の個人責任が否定され、公権力の行使でない場合には公務員の個人責任が肯定されるというアンバランスが生ずることになり妥当でない。また、国家賠償法は、損害賠償の機能と同時に、国民が国家機関の権力の濫用をチェックする機能をも併せ有しているものであるから、公務員の個人責任を追求する道を確保すべきである。

なお、国家賠償法四条は、国又は公共団体の責任については民法の適用が排除されることを規定するものであり、同条から公務員の個人責任を否定することが導き出されるわけではない。

(三) 仮に、公務員の軽過失による不法行為については民法七〇九条の適用が排除されるとしても、故意または重大な過失による不法行為については公務員個人も民法七〇九条の責任を負うものと解すべきところ、被告鈴木は、前述のとおり、労働者委員の連合独占を企図して、その裁量権を故意に濫用して本件任命処分を行ったものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負うものである。

(被告鈴木の主張)

(一) 原告らの被告鈴木に対する請求は、被告鈴木が県知事としてなした本件任命処分という公権力の行使に瑕疵があることを前提として、これによって原告らが被ったとする損害についての金銭賠償及び名誉回復措置を求めるものであるが、公権力の行使に当たる国又は公共団体の職員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任じ、当該公務員個人はその責を負わないものと解すべきことは、①民法七一五条及び四四条が「他人ヲ使用スル者ハ」及び「法人ハ」と規定しているのに対し、国家賠償法一条が「国又は公共団体が」と規定しているのは「国又は公共団体のみが」責任を負うことを意図していること、②国家賠償法一条二項に求償権の規定が存在することは公務員個人の責任の否定を意味すること、③国家賠償法附則において従来個人責任を規定していた公証人法六条、戸籍法四条等を削除したことは、公務員個人の責任を否定する趣旨の現れであること、④国家賠償法は代位責任の構成をとるが、公務員個人の責任をより高次かつ完全な国又は公共団体の責任により代位させることは公務員個人の責任を問うことを不必要かつ無意味ならしめること、⑤民法七〇九条により公務員個人の責任を認めることにすると、公務員は軽過失の場合にも責任を負わざるを得ないこととなるが、これは国家賠償法一条二項が軽過失の場合に求償を認めていないことと齟齬を来すこと、⑥過失の場合にも公務員個人の賠償責任を認めることは、公務員の職務行為を萎縮させ、かえって行政事務の円滑な運営を阻止し、ひいては国民自身の不利益となるおそれがあること、⑦国又は公共団体の賠償責任がより完全な形で機能している限り、公務員個人の責任を認めることは、被害者の報復感情を満足させるだけのものであり、国家賠償責任制度の趣旨を逸脱すること、⑧公務員個人の責任を認めることは、公務員に対する監督的機能を国家賠償責任制度に求めることであり、それは損害賠償制度に背反する期待であること、⑨公務員が公権力の行使に当たり違法に他人に損害を加えたときは、民法の特別法である国家賠償法の趣旨から、第一次的に国又は公共団体が賠償責任を負い、当該公務員個人の責任は故意又は重過失の存在という要件の下で、国又は公共団体からの求償という形で問われるものと解すべきであることからして明白である。

(二) 原告らは、被告鈴木に対する損害賠償請求の根拠法条として民法七〇九条を挙げているが、本件のように国家賠償法一条一項の適用がある事案については、民法の特別法である国家賠償法一条一項のみが適用され、民法七〇九条の適用がないことは国家賠償法四条によって明らかであるから、原告らの被告鈴木に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求は主張自体失当である。

なお、国家賠償法一条一項と民法四四条一項、七一五条一項とは条文の趣旨、表現を異にしているから、右民法の各規定が直接の不法行為者の責任を否定していないからといって、国家賠償法も同様に解釈しなければならないものではない。

さらに、国家賠償法は損害を填補することにより被害者を救済することを任務とするものであり、公務執行の適正確保は、国又は公共団体による当該公務員への求償権の行使あるいは懲戒処分を課すことにより達することができるから、必ずしも当該公務員に直接の賠償責任を認める必要はない。

第三  判断

一  被告らの本案前の主張について

原告らの被告らに対する本件損害賠償請求訴訟は、県知事に対する本件任命処分の取消訴訟の関連請求に係る訴えとして併合提起されたものであるところ、右の取消請求は、本件任命に係る第三〇期労働者委員の任期が平成三年一一月三〇日に終了したため、訴えの利益がなく不適法であるとして、平成四年三月二七日に却下の判決が言い渡されて確定した。

しかし、取消訴訟に別の請求に係る訴えが併合提起されて取消訴訟が不適法として却下された場合においても、併合提起された訴えが取消訴訟と同一の手続内で審判されることを前提とし、専ら併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるものでない限り、併合提起された訴えを独立の訴えとして取り扱い、これに対して裁判するのが相当である。

そして、本件損害賠償請求訴訟は、必要的共同訴訟や予備的請求に係る訴訟のごとく同一の訴訟手続内で併合して審判すべき手続上の必要性があるわけではなく、本件任命処分の取消訴訟と併合審判を受けない場合にも十分に意味のあるものであって、かかる併合訴訟を提起した原告らの意図としても、右取消請求の適否いかんにかかわらず、専らこれと併合審判を受けることを目的として提起されたものとは認められないから、不適法として却下することはできないものというべきである。

二  前提事実等

前記争いのない事実等及び証拠(認定事実ごとに掲記)並びに弁論の全趣旨によれば、次のことが認められる。

1  地方労働委員会制度及び労働者委員の役割

(一) 地方労働委員会は、公益委員、労働者委員、使用者委員各同数の委員をもって構成される行政機関であり、①労働組合の資格審査(労組法五条一項、二〇条)、②不当労働行為救済申立事件の審査、命令(同法二七条、二〇条)、③労働争議の斡旋、調停、仲裁(同法二〇条、労働関係調整法一〇条ないし三五条)、④労働協約の地域的拡張適用に関する決議(労組法一八条、二〇条)をする権限を有し、その運営については、知事から独立した合議制の行政委員会として、その自主性にゆだねられている。

なお、労働委員会が公・労・使の三者構成とされた理由は、労働委員会が取り扱う労使紛争において、公・労・使の三者委員がそれぞれ専門的識見を出し合って公益及び労使の利益を適切に調和させることを期待したこと、そして、労使委員が労使当事者との間をとりもって自主的解決を促進することを期待したことにあると考えられる。

また、労働委員会が独立の行政委員会である理由は、その任務が労使間の紛争に対し、公平な立場からその自主的な解決を促進したり、労使関係のルールを強制したりすることにあるため、その権限行使の独立性が保障される必要があるからであると考えられる。

(二) 労働者委員は、①公益委員の任命に関する同意権、②労働委員会の運営に参加する権利、③不当労働行為救済申立事件の審査に参与委員として参加し、審問修了後、公益委員による合議に先立ち意見を述べる権利、④斡旋員、調停員として労働争議の調整に関与したり、仲裁委員会に出席して意見を述べる権利を有している。

ところで、不当労働行為救済申立事件の審査手続等に関与する参与委員のあり方については多様な見解が存在しているが、右(一)のとおり、労働委員会制度の目的が公正な労使関係秩序の形成、維持にあること及び労働者委員は特別職の地方公務員とされていること(地方公務員法三条三項二号)からすると、参与委員は、申立人とも審査委員とも一定の距離を保ち、これらと協力、援助する関係にあるが、ときには対立することもあるという、自主性、中立性を有する公の立場にあるものと解するのが相当である。すなわち、労働者委員は、労働者一般の利益を代表するものであり、申立人の利益のみを追求する単なる代理人ではないし、自己の推薦労働組合や所属労働組合の利益擁護を目的とするものでもないと解すべきである。したがって、労働者委員は、申立人が自己の所属する労働組合と同系統であっても客観的な姿勢を保持しなければならないし、逆に申立人が対立する系統の労働組合に属していても、労働者一般の立場に立ってその職務を誠実に遂行すべきことが要請されるのである(なお、右については甲一〇〇の京都地方労働委員会の谷口公益委員の発言部分参照)。

2  本件任命前の労働運動の潮流の状況(甲一、二四、二五の一、四三、四四、六二、六五、六六、六七の七、六八の一・九・一二・一六)

(一) 日本の労働組合の中央組織(ナショナルセンター)は、大きく分けると、昭和二五年に結成された総評、昭和三一年に結成された中立労連、昭和三九年に結成された同盟の三つに分かれており、愛知県下においても、右の三団体に対応する形で地方組織(ローカルセンター)が結成されていた。

(二) しかし、昭和五五年に同盟、中立労連及び総評傘下の一部民間労働組合によって「労働戦線統一推進会」が結成され、昭和五七年にはこれが発展して全日本民間労働組合協議会(全民労協)が発足し、昭和六二年にはこれが全日本民間労働組合連合会(全民労連)となって、同時に同盟、中立労連が解散した。

そして、平成元年一一月二一日、総評も解散し、同盟、中立労連及び総評傘下の大部分の労働組合が参加する形で、日本労働組合総連合会(連合)が発足した。

愛知県下においても、愛知県中立系労働組合連絡協議会(県中立労協)が同月一五日に、全日本総同盟愛知地方同盟(愛知同盟)が同月二四日に、愛知県地方労働組合評議会(愛労評)が同月二七日に解散して、同月二八日、地方組織(ローカルセンター)としての日本労働組合総連合会愛知県連合会(連合愛知)が発足した。

(三) これに対して、連合を批判する勢力は、平成元年一一月一七日、地方組織(ローカルセンター)としての原告愛労連を結成し、原告愛労連は同月二一日に結成された中央組織(ナショナルセンター)である全労連に加盟した。

また、連合にも全労連にも参加しない国鉄労働組合等は、同年一二月九日、全国労働組合連絡協議会(全労協)を結成した。

(四) 右(一)ないし(三)のとおり、愛知県下の労働組合は、平成元年一一月を境にして、愛労評、愛知同盟、県中立労協の三系列から、連合対反連合・非連合の二つの大きな潮流に再編成された。

そして、愛知県労働部が作成した平成二年版の愛知県労働組合名簿(平成三年三月発行)によれば、連合愛知の組合員数は約五〇万六〇〇〇人であり、原告愛労連の組合員数は約七万三〇〇〇人であった。

3  労働者委員選任についての立法者等の見解

(一) 旧労組法制定に当たり、高橋政府委員は、帝国議会貴族院労働組合法案特別委員会において、複数の労働組合から推薦された者をどのような基準で労働者委員に任命するのかという趣旨の質問に対して、「同じ思想系統に属する者は恐らくその連合会が出来やしないかと思いますから、その連合会の意思を聞けば全体の意思がわかりはしないかと思います。」と答弁し、芦田国務大臣は、「実際問題として、大体組合加入の員数などを参考にしてその組合員の大小に依って代表権を按分して行くというようなことをする外に仕方がないと思うのですが、」と答弁している(第八九回帝国議会貴族院労働組合法案特別委員会議事速記録第二号)。

(二) 旧労組法の立案者の一人である末弘厳太郎は、「推薦する使用者団体および労働組合はいずれも当該地域に於ける使用者および労働者全体の利益を代表するものでなければならぬ。特にその地域内に系統を異にする二種以上の労働組合があるときは行政官庁としてはその双方の実力を考慮し、必要あらば委員数を適宜双方に割り当てるべきであって、勝手に一部の人に相談してその推薦を受けるようなことをしてはならぬ。」と述べている(甲一四)。

4  昭和二四年通牒及び労働省の見解等(甲七四、一一九の二)

(一) 昭和二四年七月二九日付けで、「地方労働委員会の委員の任命手続について」と題する労働次官発各都道府県知事宛の労働省発労第五四号の通牒が出されたが、この昭和二四年通牒には以下の内容が記載されている。

「従来労働大臣が本件に関して承認要件としていた事項特に左記事項等を了承の上貴下の責任において任命されたい。

一  労働委員会が三者構成の合議体である性格に鑑み、労働委員会委員はすべてこれが運営に理解と実行力を有し、かつ申立人の申立内容等をよく聴取し、判断して、関係者を説得し得るものであり、自由にして建設的な組合運動の推進に協力し得る適格者であること。

二  労働者委員については特に次の点に留意すること。

1  貴管下総ての組合が積極的に推薦に参加するよう努めるとともに、推薦に当たっては、なるべく委員定数の倍数を推薦せしめるよう配慮すること。

2  委員の選考に当たっては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によっては地域別等を充分考慮すること。なお委員についてはなるべく所属組合をもつものであるよう留意するとともに労働組合法第二条但し書第一号の規定に該当しない者であること。

三  以下省略」

(二) 労働省は、昭和三二年九月一三日、新潟県知事からの、「新潟県地方労働委員会の労働者委員任命について、五名定員のところ、総評系が四名、全新労系が二名を推薦し、両団体の調整がつかないので、四名のみを任命してよいか。」という趣旨の照会に対して、「答 地労委委員の全員改選に当たっては定数全部のものを任命しなければならないものと考える。従って、照会の事案については、さらに関係団体の意見の調整を図るように努力せられるとともに、かかる努力にもかかわらず、なお右意見の調整が困難な場合には、昭和二四年七月二九日附労働省発労第五四号各都道府県知事宛労働次官通牒『地方労働委員会の委員の任命手続について』の『記、二、2』に則って措置すべきであると考える。」と回答している(昭和三二年九月一三日労収九九六号労政局長発新潟県知事宛)。

(三) 政府説明委員である労働省労政局労働法規課長は、昭和六三年五月一九日に開催された第一一二回国会参議院社会労働委員会において、「中労委の労働者委員の任命に当たりましては、昭和二〇年代に労働事務次官の通達がありまして、私ども基本的にはこの通達にのっとって運用しているわけであります。これによりますと、系統別の組合数や組合員数あるいは産業分野・地域別などを十分に考慮して任命するようにということになっておりまして、こういった基準におきまして中労委及び地労委に対しても指導しておる、こういったことになっております。」と答弁した。

5 愛知県地労委の第一期から第二九期までの労働者委員の任命状況(甲一八、四二ないし四七、七一の一・二、証人鬼頭大一、原告成瀬昇)

(一)  愛知県地労委の第一期から第二九期までの労働者委員の系統別内訳は、次のとおりであった。

第一期(昭和二一年三月二五日から一年間)・愛知産別会議(産別)系二名、総同盟愛知県連合会(総同盟)三名

第二期(昭和二二年三月二五日から一年間)・産別三名、総同盟二名

第三期(昭和二三年三月二九日から一年間)・産別三名、総同盟二名

第四期(昭和二四年三月三一日から一年間)・産別二名、総同盟二名、中立一名

第五期(昭和二五年四月一日から一年間)・産別一名、総同盟一名、中立三名

第六期(昭和二六年四月一日から一年間)・愛労評四名、中立一名

第七期(昭和二七年六月一六日から一年間)・愛労評四名、中立一名

第八期(昭和二八年六月一九日から一年間)・愛労評四名、中立一名

第九期(昭和二九年六月一九日から一年間)・愛労評三名、中立二名

第一〇期(昭和三〇年七月二二日から一年間)・愛労評三名、中立二名

第一一期(昭和三一年七月二二日から一年間)・愛労評三名、愛知県労働組合協議会(県労協)二名

第一二期(昭和三二年七月二二日から二年間)・愛労評三名、県労協二名

第一三期(昭和三四年八月一九日から一年間)・愛労評三名、県労協二名

第一四期(昭和三五年九月二六日から一年間)・愛労評三名、全労愛知地方会議(全労愛知)二名

第一五期(昭和三六年九月二六日から一年間)・愛労評三名、全労愛知二名

第一六期(昭和三七年九月二六日から一年間)・愛労評三名、全労愛知二名

第一七期(昭和三八年一一月一日から一年間)・愛労評三名、愛知同盟会議三名、中立一名

第一八期(昭和四〇年一月一六日から二年間)・愛労評三名、全日本総同盟愛知地方同盟(愛知同盟)三名、中立一名

第一九期(昭和四二年九月一日から二年間)・愛労評四名、愛知同盟三名

第二〇期(昭和四四年九月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、中立一名

第二一期(昭和四六年九月一日から二年間)・愛労評四名、愛知同盟三名

第二二期(昭和四八年九月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、中立一名

第二三期(昭和五〇年九月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、愛知県中立系労働組合連絡協議会(県中立労協)一名

第二四期(昭和五二年一〇月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

第二五期(昭和五四年一〇月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

第二六期(昭和五六年一〇月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

第二七期(昭和五八年一〇月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

第二八期(昭和六〇年一〇月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

第二九期(昭和六二年一二月一日から二年間)・愛労評三名、愛知同盟三名、県中立労協一名

(二)  そして、右期間中の愛知県地労委の労働者委員の任命については、次の事実が認められる。

(1) これまでは、一つの系統からの推薦候補者のみによって労働者委員が独占されたことはなく、複数の系統の労働者委員が任命されていた。

(2) 新しいローカルセンターが結成されたときは、その直後の改選期において、新しいローカルセンターに所属する労働組合が推薦した者が労働者委員に任命されている。すなわち、昭和二五年に愛労評が、昭和三〇年に県労協(その後、全労愛知、愛知同盟会議を経て愛知同盟となる。)が、昭和四九年には県中立労協がそれぞれ結成されたが、いずれも結成の翌年にはそれぞれを代表する労働者委員が任命されている。

(3) 労働者委員が任期途中に辞任・死亡した場合は、前任者と同系統の労働組合からの推薦しかなされないため、右被推薦者が任命されている。

(4) 労働者委員の任命については、遅くとも第二六期ころからは、愛労評、愛知同盟及び県中立労協の幹部が、愛知県労働部の推薦依頼に基づいて、各ローカルセンターごとの割当人数について自主的に事前協議をし、右協議結果に従って各傘下の労働組合が定数と同数の候補者を推薦し、県知事は右の被推薦者を労働者委員に任命していた。

なお、第二八期及び第二九期の労働者委員の任命については、次の事実が存在した。

① 昭和六〇年六月一四日、愛知県労働部長から愛労評、愛知同盟及び県中立労協に対し、愛知県地労委の労働者委員の推薦について依頼がなされた。そこで、右労働三団体は協議を重ねたが、県中立労協が組織人員を基に一名の増員を要求したため協議が長引き、結局、労働者委員の人数割当ては従前どおりとなったが、次回のために、「最終的には委員按分の変更は現委員の短期交代にもつながり地労委の運営上も好ましくないなどのことも配慮して今回はこれまでどおり愛労評三、愛知同盟三、県中立労協一の按分を確認した。なお、今回の討議経過も踏まえ、次回はできるだけ早くから労働三団体の協議を行えとの強い意見があった。」との内容の文書(甲七二の一)を作成することになった。

② 愛労評、愛知同盟及び県中立労協の労働三団体は、昭和六二年六月二六日から第二九期労働者委員の按分について協議を開始した。しかし、それぞれの主張が対立して協議は難航した。結局、今回も労働者委員の人数割当ては従前どおりとなったが、右労働三団体は、「今回の委員按分は愛労評三、愛知同盟三、県中立労協一とする。前回及び今回の三団体協議の経緯、協調と良識をふまえて次期労働者委員の推薦を協議、決定する。次回の協議は遅くとも昭和六三年一一月から開始する。」との内容の文書(甲七二の二)を作成した。

6 本件任命処分に至る経緯等(甲一、六ないし一〇、一三の一・二、二七、三一、五一、五二、六八、六九の一、七三の一・二、七五、七六の一・二、九〇、一二七、証人太田喜久雄、同鈴木克彦、同見崎徳弘、原告成瀬昇)

(一)  第二九期労働者委員の任期は平成元年一一月三〇日までであったが、前記2記載のとおり、それまでには愛知県下の労働三団体(愛労評、愛知同盟、県中立労協)はいずれも連合に参加することを決定していたので、県知事が従前どおり右の労働三団体傘下の労働組合が推薦する者を労働者委員に任命するとすれば、労働者委員が連合系の者で独占される事態が予想された。

そこで、原告ら反連合・非連合系の労働組合らは、県知事に対し、平成元年四月以降、「愛知県地方労働委員会の委員任命についての申し入れ」と題する書面等(甲六ないし一〇)を提出して、連合愛知に参加しない労働組合の推薦する労働者委員も相当数任命するように要請した。

そして、右の労働組合らで組織された愛知地労委の民主化を求める労働組合連絡会議の代表者らは、平成元年七月一九日及び同年九月二一日の二回にわたって愛知県労働部の担当者と面談し、反連合・非連合系の労働組合が推薦する者も労働者委員に選任するよう要請するとともに、労働者委員の選任基準を尋ねたところ、右担当者は、要旨、「連合・反連合という立場では考えていない。労働者の立場に立って機能を果たしてもらうものと考えている。昭和二四年通牒は一つの考え方であり、最後は県知事が総合判断して決める。」などと回答した。

また、愛知県下の法律学者、弁護士ら合計一一五名は、平成元年一一月一一日及び一九日、県知事に対し、連合系に属さない労働組合が推薦した労働者委員も一定数任命するよう求めた要望書(甲一三の一・二)を提出した。

(二)  県知事は、平成元年九月二〇日付け愛知県公報(第一〇九号)により、愛知県地労委の第三〇期労働者委員の推薦に関する公告を行った。

そして、労働者委員の定数七名に対し、推薦期間中に一九の労働組合から一六名の推薦があり、このうち原告自治労連愛知県本部、原告愛医連、原告全国一般あいち支部及び原告全明労名古屋支部は、原告成瀬ら四名を推薦し、原告国労愛知県支部は、原告成瀬昇を推薦した。

(三)  当時県知事であった被告鈴木は、右により推薦された一六名はいずれも労働者委員としての欠格事由がなかったことから、労働運動に豊富な経験を有し、かつ、労働者及び労働組合の全体の利益を反映することができる人との見地から、総合判断により、平成元年一二月一日、別紙第三〇期労働者委員名簿記載の七名を労働者委員に任命(本件任命)した。

なお、本件任命処分に関与した当時の愛知県の労働部長太田喜久雄は、「本件は人事案件なので具体的には証言できないが、労働者委員の任命基準はなく、労働者一般の利益を代表する人を総合判断で選任した。推薦労働組合の組合員数、系統別は考慮しなかった。また、当時は労働界再編の過渡期であったので、昭和二四年通牒は参考にしなかった。」旨証言している。

(四)  県知事が任命した右の七名の労働者委員は、愛労評系三名、同盟系二名、県中立労協系二名であり、全員が連合愛知に加盟する労働組合が推薦した者であった。

ところで、第三〇期労働者委員に推薦された者のうちには第二九期労働者委員が六名含まれていたが、この六名のなかで第三〇期労働者委員に任命されなかったのは、原告成瀬昇だけであった。

なお、原告成瀬昇は、第二五期から第二九期まで労働者委員に選任されており、第二九期労働者委員としての任期中、二四件の審査事件のうち九件と最も多くの事件を担当し、右担当事件においては申立組合との深い信頼関係の下に労働者委員としての職責を十分に果たしていた。

(五)  愛知地労委の民主化を求める労働組合連絡会議及び原告愛労連は、平成元年一二月八日、連名で県知事に対し、①これまでの慣行を変えた理由、②私達の主張をどう受け止めたのか、③知事選挙対策で連合愛知に配慮したとの声は事実か、④本件任命処分の基準などについて尋ねる公開質問状(甲七三の一)を提出した。

右公開質問状に対し、愛知県労働部長は、平成元年一二月二〇日、①従来は労働団体側において自主的に調整がなされ定数どおりの推薦がされていたものと認識しており、県としての慣行ではない、②労働者委員は推薦された候補者全員の中から、労働運動に豊富な経験を有し、かつ、労働者及び労働組合の全体の利益を反映することができる人を任命した、任命した労働者委員は、連合、反連合ということではなく、労働者及び労働組合の全体の利益を反映することができる人で、十分にその職責を遂行できる適任者であると考えています、③知事選挙対策ということは考えていません、④労働者委員の任命基準はなく、労組法を始め関係法令に基づき、総合的に判断して、裁量により労働者委員としてふさわしい人を任命した旨の回答(甲七三の二)をした。

7 愛知県地労委における申立事件の審理状況等(甲一ないし三、三〇、四九、五〇、五二、八三、八四の一ないし四、八五の一・二、八六、八七、一六四ないし一七五、一九三の一ないし三、二二一の一ないし三、乙二六、原告成瀬昇)

(一)  昭和四五年から平成元年までに愛知県地労委に申し立てられた不当労働行為救済申立事件は二五二件あったが、その系統別内訳は愛労評系二四一件、愛知同盟系一一件であった(甲三〇)。なお、右の愛労評系の申立事件を平成元年一一月の労働戦線再編後の状況に当てはめてみると、その大半は反連合・非連合系労働組合及び労働者の申立事件であった。

また、本件任命処分が行われた第三〇期から第三二期までの不当労働行為救済申立事件の新規申立件数を系統別に見てみると、連合系の労働組合は25.6パーセント、反連合・非連合系の労働組合は60.5パーセント、個人が14.0パーセントであった(乙二六)。

(二)  愛知県地労委においては、不当労働行為救済申立事件の労働者側参与委員の決定は、事実上、労働者委員の二人の世話人の協議にゆだねられていたところ、右世話人間においては、申立人の希望を尊重し、同系統の労働組合出身の労働者委員を参与委員に選任する慣行が存在していた。

ところで、原告成瀬昇は愛労評出身の労働者委員であったが、平成元年三月ころ、愛労評の連合参加に反対したため、愛労評から愛労評顧問を解任され、さらに労働者委員の辞任を求められたが、右辞任要求については拒絶した。

そして、平成元年六月二日、原告愛労連に参加することを決定していた愛医労(原告愛医連の前身組合)が、愛知県地労委に対し、その中部電力名古屋診療所分会にかかる団交拒否の不当労働行為救済申立てを行い、参与委員として原告成瀬昇を希望したところ、愛知県地労委は、同事件の参与委員として、連合参加を表明していた愛労評の全国一般労働組合愛知地労本部の委員長であった櫻澤を選任した。そこで、愛医労は、参与委員の変更及び櫻澤の参与委員辞退を求めたが、愛知県地労委及び櫻澤がこれに応じなかったため調査期日が長期間空転し、そのため、愛医労は自主交渉により平成三年三月三〇日に右紛争を解決し、愛知県地労委に対する右申立事件を取り下げた。

(三)  本件任命処分により、労働者委員が連合系労働組合の出身者ばかりとなったため、西尾市職員組合現業評議会事件、ナトコ労組事件、全動労事件、全港湾名海運輸事件、東海銀行事件及び日立賃金差別事件等の各申立人らは、愛知県地労委に対して参与委員を辞退する旨の申出をしたが、愛知県地労委が公・労・使の三者構成を理由にこれを認めなかったため、これらの事件の調査期日が一時空転したことがあった。

なお、第二七期から第二九期までと第三〇期から第三二期までの各三期間における不当労働行為救済申立事件の審理状況を比較してみると、新規取扱件数の一期当たりの平均は12.0件と14.3件であり、勝訴率は97.6パーセントと91.4パーセントであり、一件当たりの平均審理期間は七三三日と五二〇日であった(乙二六)。

8 愛知県地労委における第三一期以降の労働者委員の任命状況(甲二二四の一ないし四)

当時県知事であった被告鈴木は、第三一期から第三四期までの労働者委員についても任命処分を行ったが、選任された労働者委員はいずれも連合系の労働組合から推薦された者であった。

三  争点1について

1(一)  労組法は、地方労働委員会の労働者委員の任命について、労働者委員は労働組合の推薦に基づき都道府県知事が任命すると規定している(労組法一九条の一二第三項)。このように、労働者委員の任命を労働組合の推薦にかからしめた趣旨は、任命権者の恣意を防止するとともに、任命に際し労働者の意思を反映させるためであると解される。

しかしながら、労組法が一九条の四第一項で労働者委員の欠格事由について規定するほかに都道府県知事の任命行為を制限する規定を設けていないことに照らすと、同法は都道府県知事の労働者委員の任命行為について、労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員に任命することはできないという限りにおいて、その裁量権を制限しているものと解されるが、都道府県知事が労働組合の推薦する者の中から具体的にだれを労働者委員に任命するかは、その自由な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。

すなわち、都道府県知事による労働者委員の選任は、労働者の代表としての労働者委員の責務を適正に果たしうる者であるかどうかという観点から行われるべきものであるが、右のような観点からの候補者の評価は、その性質上判断要素が多岐に渡るうえ、一定の価値基準に基づいて一義的に判断することができるものではないため、あらかじめその判断基準を定立することには困難を伴うことから、住民の直接選挙により選出され、都道府県を代表する地位にあり、その職責上、右の判断を適正になし得る立場にあると考えられる都道府県知事の健全な裁量的判断にゆだねたものと解されるからである。

したがって、都道府県知事による労働者委員の任命については、裁量権の逸脱又は濫用がない限り、それは単に当、不当の問題が生じるにとどまり、国家賠償法上の違法の問題を生ずることはないと解するのが相当である。

(二)  原告らは、「労働組合による労働者委員の推薦制度は、労働組合に対し、労働委員会における団結権保障の手続に自ら参加する権利を認めたものであるから、労働者委員の選任は、右の労働組合の利益が正当かつ公平に反映されなければならない。」旨主張している。

しかし、二1(一)、(二)で説示したとおり、労働委員会制度の目的は公正な労使関係秩序の形成、維持にあること及び労働者委員は自主性、中立性を有する公の立場にあるものであって、労働者一般の利益を代表するものであり、自己の推薦労働組合や所属労働組合の利益擁護を目的とするものではないことからすれば、右推薦制度は、労働者一般の利益を擁護するのにふさわしい労働者委員を任命することにより、その労働委員会における活動を通して、労働者の地位を向上させることに寄与し、労使関係の対等かつ安定した秩序の形成、維持を図るという公益を実現するためにあるというべきであり、特定の推薦組合及びその組合員の利益を反映させるためにあるものではないというべきである。

すなわち、右推薦制度は、労働者委員の任命に際し、労働者全体の意思を反映させるために存在するものであり、ただ、労働者全体の意思を認識することが容易でないことから、これを制度的、組織的に担保するものとして、労組法上労働者の経済的地位の向上をその使命とされている労働組合が推薦主体とされたものと解すべきであって、労働者委員をして当該労働者委員の推薦組合及びその組合員の利益を代表させるために候補者の推薦権を付与したものと解することはできないからである。

したがって、原告らの前記主張は採用できない。

(三)  原告らは、「労組法一九条一項は、労働者委員を『労働者を代表する者』としているが、労働組合運動には絶えず複数の系統が存在し、本件任命当時は連合対反連合・非連合という二つの大きな潮流・系統が存在していたところ、労働者の利益はそれぞれの系統によって異なるものであるから、労働者委員の選任はそれらの利益をできるだけ多様に反映するものである必要がある。したがって、労働者委員を一方の系統にのみ独占させることは、労働者の多様な利益を労働者委員の構成に反映させないことになり、真に労働者を代表する者となり得ないことは明白である。」旨主張している。

前記二2で認定したとおり、確かに我が国の労働組合運動においては運動方針を異にする潮流・系統が存在し、愛知県下においても平成元年一一月を境にして連合対反連合・非連合の二つの大きな潮流に再編成されたことが認められるところ、労働者委員は、労働者一般の利益を代表すべきものとはいえ、特に組合間差別による不当労働行為が問題とされている事件等においては、自己を推薦した系統と異なる系統の組合側から信頼と理解を得るには相当な困難が予想されること(甲二〇一、証人原田敏之)、現に愛知県地労委においても、二7(三)で認定したとおり、本件任命処分によって労働者委員が連合系労働組合の出身者ばかりとなったことにより、反連合・非連合系の申立人らが参与委員辞退の申出をして調査期日が一時空転する事態となったこと等を考慮すると、労働者委員の構成において、右の系統の存在を考慮して多様性をもたせることは合理的な措置ということができるから、都道府県知事が労働者委員を任命するに際しては、その選任要素の一つとして推薦労働組合の系統を考慮することが望ましいと考えられる。

しかしながら、前記説示のとおり、労働者委員は、推薦組合及びその組合員の利益を代表するものではなく、労働者一般の利益を代表するものであることからすると、原告らが主張するような系統別の多様性の要請が絶対的なものであると解することはできず、推薦労働組合の系統を考慮しなかったとしても著しく不合理であるとまではいえない。

したがって、前記二6(三)で認定したとおり、当時愛知県知事であった被告鈴木が本件任命に当たり推薦労働組合の系統別を考慮しなかったとしても、また、前記二8で認定したとおり、結果として労働者委員が何期にも渡って連合系の労働組合の被推薦者のみであったとしても、そのことから直ちに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。

2  昭和二四年通牒違反について

(一) 原告らは、「昭和二四年通牒は、旧労組法制定当時の議会の審議、立法に関与した学者の意見、中央労働委員会総会の決議、労働省の解釈通達等を集約した任命基準であり、労働委員会制度を公・労・使の三者構成と定めた労組法に内在する任命基準であるところ、本件任命処分は、昭和二四年通牒に定める任命基準に従わず、一つの系統のみに排他的、独占的に労働者委員を配分したものであって、裁量権の範囲を逸脱するものである。」旨主張している。

前記二4(一)で認定したとおり、昭和二四年通牒は、労働者委員の任命に当たっては、ローカルセンターの系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに、産業分野、地域別等を十分考慮するものとしているところ、当時の愛知県知事であった被告鈴木が、本件任命に当たり、当時は労働界再編の過渡期であったとの理由で昭和二四年通牒を参考にせず、労働運動に豊富な経験を有し、かつ、労働者及び労働組合の全体の利益を反映することができる人との見地から、総合判断により、別紙第三〇期労働者委員名簿記載の七名を労働者委員に任命したことは、前記二6(三)で認定したとおりである。

(二) しかし、昭和二四年通牒は、地方労働委員会の労働者委員の任命権者である都道府県知事が、その裁量により労働者委員を任命する際に考慮すべき要素を例示し、その任命の指針とするために発せられた行政通達にすぎないから、法的な任命基準として都道府県知事の裁量権の範囲を限定したり、これを拘束するものではなく、昭和二四年通牒の任命基準に沿わない任命が行われたとしても、当、不当の問題が生じるにとどまり、直ちに裁量権の逸脱があるものということはできない。

なお、原告らは、昭和二四年通牒は労組法に内在する労働者委員の任命基準である旨主張しているが、昭和二四年通牒の任命基準が旧労組法制定当時の議会の審議及び立法に関与した学者の意見に合致し(前記二3(一)、(二))、中央労働委員会総会の決議、労働省の解釈通達等に沿い、かつ、現在においても労働省の都道府県知事に対する指導基準であるとしても(前記二4(二)、(三))、右の任命基準は労組法が絶対的に要請しているものではなく、労働者委員任命に当たっての一つの運用基準にすぎず、労組法に内在する労働者委員の任命基準であるとはいえないことは、前記三1(三)で説示したとおりである。

すなわち、労働者委員は、特定の労働組合や労働者ではなく、全体としての労働者を代表する者として、労働者一般の利益のために職務を行うことが要請されているのであって、労組法は、労働者委員が特定の系統に属する労働組合の被推薦者の中から任命されることまで保障していないのであるから、これまでの労働者委員の任命に当たって労働組合の系統が考慮されていたとしても、それが運用のあり方の次元を越えて、労組法に内在する基準であるとまでいえないことは明らかだからである。

(三) したがって、原告らの前記主張は採用できない。

3  慣行違反について

原告らは、「愛知県においては、労働者委員の任命に当たり、労働者委員を系統別に公平に配分することが長年の確立した慣行として客観的かつ対外的に規範化していたものと解されるところ、右慣行は昭和二四年通牒にも合致しており合理的で公正なものであるから、右の慣行に違反した本件任命は、法の一般原則に照らして違法であり、裁量権の範囲を逸脱するものである。」と主張しているところ、愛知県地労委の第一期から第二九期までの労働者委員の任命状況について、前記二5(二)の(1)ないし(4)の事実が認められることは前述のとおりである。

しかし、右の各事実によれば、愛知県地労委の労働者委員は、愛知県下の各ローカルセンターが愛知県労働部の推薦依頼により自主的に事前協議をして割当人数を定め、右協議結果に基づいて定数どおりの推薦がなされていたものにすぎず、県知事もこれを承知していたものと認められるが、県知事が右の経緯を承知していたというだけでは、労働者委員を系統別に公平に配分するとの規範意識が県知事に存在したと認めることはできない。

したがって、労働者委員を系統別に公平に配分することが長年の確立した慣行として客観的かつ対外的に規範化していたものとは認められないから、原告らの前記主張はその前提を欠くものとして採用することができない。

4  憲法一四条、二八条違反について

(一) 原告らは、「当時県知事であった被告鈴木は、自らの知事選挙における有力な推薦母体である連合を優遇し、反連合・非連合グループをことさらに嫌悪し、その弱体化を企図して本件任命処分を行ったものであるから、憲法一四条(差別的取扱い)、二八条(支配介入による団結権の侵害)に違反し裁量権の逸脱又は濫用となる。」旨主張している。

しかしながら、反連合・非連合系の原告組合らが推薦した原告成瀬ら四名が労働者委員に選任されなかったとしても、それは定員数を越える候補者の中から定員数の労働者委員を任命するという処分の結果にすぎず、右のような選任結果をもって労働組合間の差別をしたものとはいえないところ、前記二6(一)、(三)、(五)で認定したとおり、当時県知事であった被告鈴木は、各労働組合から推薦された一六名はいずれも労働者委員としての欠格事由がなかったことから、労働運動に豊富な経験を有し、かつ、労働者及び労働組合の全体の利益を反映することができる人との見地から、総合判断により、別紙三〇期労働者委員名簿記載の七名を労働者委員に任命したものであり、その際、推薦労働組合の組合員数、系統別は考慮しなかったのであるから、連合を優遇し反連合・非連合グループを嫌悪して本件任命処分を行ったものとは認められず、原告らの右の主張はその前提を欠くものである。

(二) ところで、前記二6(三)で認定したとおり、本件任命処分に関与した当時の愛知県の労働部長太田喜久雄は、「労働者委員の任命基準はなく、労働者一般の利益を代表する人を総合判断で選任した。推薦労働組合の組合員数、系統別は考慮しなかった。また、当時は労働界再編の過渡期であったので、昭和二四年通牒は参考にしなかった。」旨証言するのみで、人事案件であることを理由にして、被推薦者一六名の中から別紙三〇期労働者委員名簿記載の七名が選任された理由を明らかにしないが、人事に関する情報は公表に適さない事項が多く含まれていることは事実であるから、右のような証言しかしないことから県知事が差別的な選任をしたと認めることはできない。

また、甲一五八、一五九によれば、愛知県が選任する各種委員に結果として連合愛知傘下の労働組合の関係者が多く任命されていることが認められるが、甲一六一によれば、愛知県は、右の各種委員について、労働者及び労働組合の利益を反映することができる人を選任しており、特定の団体を意識的に考慮することはしていないことが認められるから、右の事実も本件任命が連合を優遇したことの証左になるものではない。

さらに、前記二6(四)で認定したとおり、原告成瀬昇は労働者委員としての適性を有していた者であるが、本件任命は定員数を上回りいずれも適性を有している候補者の中から任命するものであるから、原告成瀬昇が任命されなかったことをもって直ちに差別的取扱いがなされたものとはいえない。

そして、他に被告鈴木が、自らの知事選挙における有力な推薦母体である連合を優遇し、反連合・非連合グループをことさらに嫌悪し、その弱体化を企図して本件任命処分を行ったことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(なお、本件任命処分が裁量権の逸脱又は濫用に該当することの立証責任は原告らにある。)。

(三) したがって、原告らの本件任命処分が憲法一四条、二八条に違反するとの前記主張は採用できない。

5  ILO第八七号条約違反について

(一) 原告らは、「本件任命処分により反連合・非連合系の労働組合が推薦する者を労働者委員から排除したことは、組合員の職業上の利益を擁護するために不可欠の手段を奪ったことになるとともに、複数組合間において不平等な処遇をしたことになるから、本件任命処分は、ILO第八七号条約二条、六条に違反するものであり、裁量権の逸脱又は濫用となる。」旨主張している。

しかし、地方労働委員会において労働者委員として不当労働行為救済申立てに参与することは、原告ら主張の調査報告書がいうところの、「個々の苦情申立の場合に彼らを代表すること」に該当するとは認められないし、また、原告成瀬ら四名が第三〇期労働者委員に任命されなかったのは、定員数を超える被推薦者の中から定員数の労働者委員を任命するという処分の結果にすぎず、本件任命処分が反連合・非連合系の労働組合の推薦する者を労働者委員から排除したと認められないことは前記説示のとおりであるから、本件任命処分はILO第八七号条約二条、六条に違反するものではない。

したがって、原告らの右の主張は採用できない。

(二) 原告らは、「本件任命処分は、原告組合ら及び原告愛労連の自主的計画策定権に干渉するものであるから、ILO第八七号条約三条二項に違反し裁量権の逸脱又は濫用となる。」旨主張している。

しかし、これまで説示してきた地方労働委員会の制度目的及び労働者委員の役割に照らせば、本件任命処分が原告組合ら及び原告愛労連の自主的計画策定権に干渉するものとは認められないから、原告らの右の主張は採用できない。

6  国際人権規約違反について

原告らは、「本件任命処分は、連合系の推薦組合及びその被推薦者を優遇し、他方において、反連合・非連合系の推薦組合及びその被推薦者を差別、排除したものであるから、国際社会権規約八条一項、国際自由権規約二二条、二条一項、二六条に違反し、裁量権の逸脱又は濫用となる。」旨主張している。

しかし、本件任命処分が連合系の推薦組合及びその被推薦者を優遇し、他方において反連合・非連合系の推薦組合及びその被推薦者を差別、排除したものでないことは前記5で説示したとおりであるから、原告らの右の主張はその前提を欠くものであり採用できない。

7  右に検討してきたところによれば、本件任命処分当時における労働界の現状が連合対反連合・非連合の対立構造になっており、愛知県地労委に係属する不当労働行為救済申立事件も反連合・非連合系の労働組合や労働者によるものが多数を占めていたこと、その他前記二で認定した事実をすべて考慮しても、原告らの主張はいずれも本件任命処分の不当をいうにとどまるのであって、労働者委員の推薦制度の趣旨に照らせば、本件任命処分が著しく不合理でありその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとまでは認められない。

そうすると、本件任命処分は適法なものというべきであるから、争点2、3について判断するまでまでもなく、原告らの本件請求はいずれも理由がないことに帰する。

四  最後に

本件任命処分が、労働者委員推薦制度の趣旨に照らして、いまだ著しく不合理とはいえず、裁量権の濫用に該当しないことは前項で説示したとおりである。

しかし、地方労働委員会において労働者委員が果たすべき役割は大きく、だれが労働者委員に任命されるかは労働組合及び労働者の重大関心事であることを考慮すると、その任命権をゆだねられている県知事としては、現在の選任方法を安易に継続するのではなく、常により適切な選任方法を検討していくことが望まれる。

原告らは、「我が国の労働組合運動には運動方針を異にする潮流・系統が存在し、それらが激しく対立している状況下において、一方の系統の労働組合によって推薦された労働者委員が、他の系統の労働組合や労働者の利益を公平、公正に代表できるとは考えられない。このことは、組合間差別に関する不当労働行為救済申立事件を考えれば明白である。」旨主張しているところ、現に差別を受けている現場の労働組合や労働者が、対立している系統の労働組合が推薦した労働者委員を全面的に信頼することができないのは無理からぬものといえる。また、労働組合運動において運動方針を異にする潮流・系統が存在する以上、労働者委員の構成においても多様性を有することが望ましい。本件証拠にあらわれた限りでは、昭和二四年通牒をはじめ、労働者委員の任命基準について触れたものは、すべて右の潮流・系統を考慮すべきことを指摘している。労働者委員の任命は、県民によって選ばれた県知事が多数の判断要素を総合的に考慮して行うものであるが、当裁判所も、労働界の現状を考慮すると、右の潮流・系統を判断要素の一つとすることの方がより適切であると考える。

被告らは、労働者委員の任命基準はないと答弁している。確かに人事案件であるから詳細な基準の作成は困難であろうが、昭和二四年通牒のような大綱を作成することは可能であるし、任命処分の統一性を確保するためにも、また、公正性、透明性を担保するためにも、任命基準を作成して公表することが望ましいと考えられる。独立の行政機関である地方労働委員会の労働者委員の任命は政治的であってはならないが、政治的であるとの疑問が生ずるだけでも問題であり、これを防止するためにも任命基準の作成、公表が有益である。

当裁判所は、愛知県知事に対し、今後の労働者委員の任命に際し、より多くの労働組合及び労働者に支持されるような更に合理的な選任方法を検討されることを望むものである。

第四  結論

以上によれば、原告らの本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林道春 裁判官松岡千帆 裁判官山本剛史は転任のため署名、押印できない。裁判長裁判官林道春)

別紙謝罪広告<省略>

別紙第三〇期労働者委員名簿<省略>

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